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世界一の長さを誇った青函トンネル。工事の全貌を解説

青函トンネルは、本州と北海道を結ぶ53.85kmの海底トンネルです。
数多くの困難に見舞われながらも、昭和63年に開業しました。
昭和時代の大工事であった青函トンネルは、一体どのような構造で、どのように作られたのでしょうか。
本記事では、青函トンネルの計画の始まりから工事完了までの歴史をご紹介します。

青函トンネルの構造

青函トンネルは、津軽海峡を横断する海底鉄道トンネルです。
総延長53.85kmのうち、23.3kmが海底部にあたります。
また海底からトンネルまでの最小土かぶりは100m、最大水深が140mと、海底の浅い部分を選んで掘られています。
そのため、津軽海峡の最短距離である19kmより4.3kmほど長くなりました。

トンネルは幅9.7m、高さ7.85mの馬蹄型となっています。
コンクリート板の上に3本のレールを敷設することができる三線式スラブ軌道が採用されており、将来的に新幹線が通ることが想定されていました。
トンネルは常に湧いてくる地下水と中央近くに集めて地上に排水するため、トンネルの中に3ヵ所のポンプ室が作られています。

青函トンネルの工事計画

青函トンネルの工事は、調査から24年の歳月をかけて完成しました。
計画の策定は、以下のように行われたとされています。

ロケーションと海底地形

津軽海峡には、津軽半島を通る西ルートと下北半島を通る東ルートがありました。
どちらも、路線長とトンネル延長には大きな差はありませんでしたが、地形地質調査を行った結果、西ルートの水深が東ルートの半分である140mであることが分かりました。
さらに東ルートは非常に難しい地質であったため、西ルートに限定して調査が行われたそうです。

平面線形と縦断線形

鉄道構造物は一般的に、曲線の区間を走る時に慣性力が働きます。
そのため、曲線半径と速度に応じて軌道面を傾け、内外に高低差が設けられます。
青函トンネルでは、各種検討・調査の結果、最小曲線半径にR6,500mが採用されました。
横断線形は100mに設定され、青函トンネルは海面下240mを通過することとなります。

そのため、陸上から長距離の勾配区間が必要となりました。
さらに、勾配区間で故障により列車が停止した場合、再起動して自力でトンネルの外まで走行する最も厳しい条件を想定し、再急勾配は12%に設定されました。

断面形式

断面形式は、列車走行時の空気抵抗や換気条件、保守作業の使用面、掘削や覆工コンクリートの工事数量などさまざまな面を考慮し、複線型に決定しました。

青函トンネルの施工

青函トンネル

青函トンネルの施工の課題として「工期の短縮施行」「施工の安全性」「耐海水性」の3つが挙げられました。
先進導坑、作業杭では掘削に先立って、トンネルの両側から交互にボーリングを実施し、地質や湧水などの情報を把握し、地盤注入が行われました。
本杭海底部の掘削は13年間で完了しましたが、この作業杭がなければ36年間かかったのではないかとされています。
また耐海水性は、新しく漏水防止工の実用化、耐海水性の吹付材料やコンクリートが新しく開発されました。

事故の発生

青函トンネル工事はすべてが順調に進んでいたわけではありません。
斜杭、作業杭においては4回の異常出水が発生しました。
特に昭和51年5月に発生した出水は、最大70t/分の大きな出水が発生し、後方3,000m超の区間が水没しました。

多くの困難を克服して完成させた大工事

青函トンネルは新たな技術を開発し、さまざまな困難を克服して完成したトンネルです。
未知への挑戦であり、調査のための斜杭着工から24年もの歳月をかけて完成しました。
青函トンネルは日本の国土を一体化させた意義のあるものとして、日本の20世紀遺産20選にも選ばれました。
建設業界に興味のある方は、ぜひ青函トンネルについてチェックしてみてはいかがでしょうか。