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東京タワーの建設は鳶職人の誇り!完成までの軌跡

東京タワーは、安定した電波を供給する目的で建設されました。
東京タワーの建設前には、高さ177mほどまでの電波塔しかなかったため、放送電波は半径70kmほどしか届かなかったといわれています。
そこで333mの東京タワーが登場したことで、関東一円に電波を届けることが可能になりました。

本記事では、東京タワーの歴史や建設期間、建設費用、建設方法などをご紹介します。

東京タワーの歴史

東京タワーは、正式名称を「日本電波塔」といいます。
自立式鉄塔としては東京スカイツリーが建設されるまで約51年間、日本一の高さを誇っていました。
当時、東京を中心とした関東一円にテレビの電波を送る場合、必要な高さが333mだったそうです。

1957年に建設を開始し、1958年に完成しました。
現在展望台として公開されているトップデッキ部分は当初、アンテナ整備用の作業台として使用されていました。
その後、1967年7月に展望台として一般公開されます。
当時メインデッキは大展望台、トップデッキは特別展望台と呼ばれていましたが、2018年3月3日、世界中の人に分かりやすいようにと現在の名称に変更されました。

東京タワーの建設期間

東京タワーの建設期間は短く、1957年6月から1958年12月までの1年半しかなかったといわれています。
設計を担ったのは、日本の塔設計の第一人者と呼ばれていた内藤多仲氏でした。
内藤氏は、名古屋のテレビ塔や大阪の通天閣などの鉄塔を手がけたベテランでしたが、当時の世界一の高さとなる電波塔である東京タワーの設計は困難を極めたとされています。
設計の難易度は高く、3ヶ月で約1万枚もの設計図を書き上げたといわれています。

東京タワー建設の課題と難易度

東京タワーの設計で困難を極めたのが、耐震性と耐風性といわれています。
日本は地震が多く、さらに東京湾から吹いてくる強風に耐えなくてはいけません。
そのため関東大震災クラスに耐えられる、かつ風速約90mに耐えられる設計が実現されました。
部材を三角形に組み上げるトラス構造が採用されており、部材同士をあえて完全に固定させないことで余裕を持たせて、揺れを吸収させる工夫などが用いられました。
また4本ある塔脚は、4,000tの重さに耐えられる構造になっているとされます。
この設計は、現在でも通用する耐震性と耐風性といわれています。

鳶職人の高度な技術が用いられた

東京タワー

東京タワーの建設には高所作業が不可欠ですが、鳶職人の並々ならぬ技術と努力がそこにはありました。
東京タワーの工期はわずか1年半に設定されていたため、全国から鳶職人をはじめとした優秀な技術者が集められました。
建設当時は安全帯や落下防止のための手すりやネットなどもなく、幅わずか30㎝ほどの鉄骨の上に乗って作業をしていたようです。

また重機を使った建設技術が今ほど発展していないため、組み立て作業は全て手作業によって行われていました。
例えば、鉄骨を接合する際には、鉄のピンを800℃にまで熱したあと、鉄製の箸でつまんで上の作業場に放り投げます。
それを上にいる職人が専用の容器でキャッチし、穴に差し込んでハンマーで一気に打ち込みます。
これを約28万回繰り返したといわれています。
こうした職人たちの努力と技術により、約30億円もの建設費用をかけた東京タワーは予定の日程で竣工しました。

東京タワーの歴史と技術を知ろう

東京タワーは、当時わずか1年半の工期で完成しました。
今ほど技術が発達していないため、作業は全て手作業で行われており、鳶職人をはじめとした技術者の努力と技術力が見て取れます。
建設業界で働くことを目指す方は、ぜひ東京タワーの歴史と技術について知っておいてはいかがでしょうか。

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